第五福龍丸展示館&熱帯植物館 in 夢の島公園

お散歩の授業で、江東区夢の島にある第五福龍丸展示館と熱帯植物館に行ってきました。

● 1954年という年

1954年(昭和29年)3月1日、静岡県焼津港所属のマグロ延縄漁船第五福龍丸がマーシャル群島ビキニ環礁におけるアメリカの水爆実験で被ばくした。水爆実験地の東方160キロの海域に、水爆実験による珊瑚の粉塵(死の灰)が雪のように降り注ぎ、全員が被ばく・・・。

ゴジラが水爆実験で目覚めたとされるのもこの年である。

今の子どもたちは、ほとんどこのことを知らない。
東京湾夢の島にうち捨てられていた第五福龍丸を都の職員が発見し、保存運動に発展し、今の展示館となっている。

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メトロ有楽町線&JR線新木場駅より、徒歩10分。入館料無料。空いています。
館内には被爆時の詳細な資料や第五福龍丸の実物が展示されています。

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総トン数140トンだけれど、りんちゃんと比べてもかなりでかい!

『ジョン・ウェインはなぜ死んだか』(広瀬隆)を読むと、1951年~1953年、アメリカのネバダ砂漠での80回位以上に上る核実験で大量の死の灰が降った。
当時、西部劇の大全盛期でここで多くのロケが張られ、著名な俳優だけでなくエキストラやスタッフもガンで亡くなっている・・・。

3.11も第五福龍丸もゆめゆめ忘れてはいけないのだ・・・。

 鰯に鮪

当時、原水爆マグロの風評が立ち、鮪が全く売れなくなった。
詩人山之口獏は、『鰯に鮪』という詩を書き、これをお友達故高田渡がカバーしている。

第五福龍丸を授業化するならば、ゴジラも含めてアイロニカルにここまでやらなければならない・・・。

鮪に鰯   山之口貘

鮪の刺身を食いたくなったと
人間みたいなことを女房が言った

言われてみるとついぼくも人間めいて
鮪の刺身を夢みかけるのだが

死んでもよければ勝手に食えと
ぼくは腹立ちまぎれに言ったのだ

女房はぷいと横をむいてしまったのだが
亭主も女房も互に鮪なのであって
地球の上はみんな鮪なのだ

鮪は原爆を憎み
水爆にはまた脅かされて
腹立ちまぎれに現代を生きているのだ

ある日ぼくは食膳をのぞいて
ビキニの灰をかぶっていると言った

女房は箸を逆さに持ちかえると
焦げた鰯のその頭をこづいて
火鉢の灰だとつぶやいたのだ

山之口貘

沖縄出身の詩人。
1903年生~1963年没。

高田渡の『鰯に鮪』
   ↓
https://www.youtube.com/watch?v=-ziN6PAClcQ

 熱帯植物館

第五福龍丸展示館から熱帯植物館から徒歩数分で常夏の熱帯植物館へ(^^♪
ここは、ゴミ焼却の熱利用施設。食虫植物の展示があります。

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中には、滝も!常時、小笠原とボルネオの映画も上映!

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いろいろな熱帯植物が咲き誇っています♪

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                  食虫植物!

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外は、気持ちいい!中のカフェは、持ち込みOKです。







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