失われた鉄道を求めて―沖縄の授業(2)

● 沖縄の授業のポリシー

後一週間で夏休み・・・。
沖縄飛ぶ教室のために沖縄の授業を進める。
沖縄に行く子も行かない子も参加。

沖縄の修学旅行の事前学習と言えば、取って付けたような平和学習をするところが多い。
強制的な平和学習に意味はないとは言わないが、沖縄の過去と現在、そして未来にどれほどの想像力をかき立てることができるか・・・。

フレネでは教え主義の平和学習は行わない。人の話を聴いたり、何か調べたりするだけではなく、実際に体験して想像力をかき立てるためのシンプルな授業を並列的に何本か行うだけだ。後は、そこからどのようなシンキングマップを構成するか・・・。

失われた沖縄の鉄道跡を歩いてみるのもその一つだ。

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『ケービンの跡を歩く』金城功 1997(ひるぎ社)

この本が出版される前の1990年の6月、高3の生徒数名と沖縄軽便鉄道与那原線の跡を歩いた。大正時代の地図と現在の地図を照らし合わせ、試行錯誤しながら、おそらくこのあたりが終点与那原駅だろうとあたりをつけた。

その後、ジャパンフレネの子どもたちと歩いた時は、与那原のおばあに訊いてわかった。
「あんたの立ってるところが線路跡さあ。東京からよく来たねえ!」


かつての与那原駅は爆撃で鉄骨だけ残り、その後、それをベースに与那原農協の建物が作られる。
与那原鉄道の移転に伴い、現在、与那原駅舎後は与那原鉄道資料館となっている。

今回は、実際にケービン跡を歩く。『ケービンの跡を歩く』の著者金城功さんと連絡がつき、84歳のご高齢ながら、与那原鉄道資料館でお話をうかがうことも決まった。嬉しい!!!

戦争の傷跡も辺野古も、そして豊かな自然とエメラルドグリーン&マリンブルーの鳩間島の海も、全部沖縄なんだよ。

● 与那原線を地図で調べる

「日本本土にはあって、沖縄に無いものってなあに?」
「鉄道!」
「雪!」
「そう、観測史上、雪の記録は残っていないんだよね。沖縄にはどうして鉄道がないの?」
「狭いから?」
「昔はあったの?」
「戦争で無くなったんじゃない?」
「昔の地図を見てみようか」

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大正12年発行の国土地理院五万分の一『与那原』。
「㊙だ!」

これには確かに鉄道の路線が書かれている。
戦争の話をちょっとだけする。





「初めて与那原線跡を歩いた時は、川に鉄橋が残っていてね、レンガの橋桁には銃弾の跡が残っていたんだよ」
「えっ!銃弾の跡って、丸かった?」
りんちゃん、興味しんしん。

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現在の国土地理院二万五千分の一の地図と大正時代の地図を照らし合わせ、かつての鉄道跡を確認する。街並みに埋もれてしまった場所と、はっきり鉄道跡とわかる場所がある。地図が大きいので床に並べて調べる。

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赤いラインの三分の一程度、旧宮原駅の途中から旧大里駅→旧与那原駅へ・・・。約1.5キロ・・・。終点で金城さんのお話を聴く。

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これは、三回目に歩いた時、与那原農協からいただいた路線図。








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                     楽しみだなあ!

 ジャパンフレネあれこれ

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お散歩の授業は、国立西洋美術館、『アルチンボルド展』。館内撮影禁止なので、写真はこれだけ。

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