長谷川集平さんからのお便り―質問は直接長崎で・・・

月曜日は午後からのオープンなので、子どもの数が少ない。
本日は、小1から中2までの6名。予定通り、ブッククラブを行う。

 『あしたは月よう日』(長谷川集平)

とりとめのない話が続く・・・。
日曜日の昼下がりか?
おとうちゃんはごろごろとテレビばっかり見て、鼻くそをほじり、タバコに火をつける。
臭いオナラまでして、娘と息子から非難ごうごう・・・。

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おとうちゃん、なく。
子ども達、言い過ぎたのかといぶかしく思う・・・。

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しかし、そうではなかった。
おとうちゃんは、歌に感動して泣いているのだ・・・。

「歌で泣くの?」
「そういうことあると思うよ」
「よっぽど感動したんだね」



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それは、どこか しらない国の女の人と
こどもたちの歌で

こどもたちは
まるで天使のように すきとおった声で
歌うんやった。

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歌声にのって、ぼくらは いつのまにか
神戸の まちを 見おろし
たかく
たかく のぼっていくんやった。

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ぼくらは しらない国の やさしい丘のうえで
天使の歌を きくんやった。

「なんで空の上に行っちゃうの?」

「そういう気分じゃないの?」

「天使の歌を聞く?」
「どういうこと?」
「歌が素晴らしくて・・・」

そして・・・。

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ゆうがた、駅前に ラーメンたべにいった。
おとうちゃん、すいせんの みせや。
めっちゃ おいしかった。
あしたは 月よう日。





子ども達、大混乱!

「ええっ!」
「なんで、ラーメン食べに?」

この絵本の前書きには、神戸の大震災の事が書かれていることを伝えたら、
子ども達、さらに大混乱。

大まかに分けると、次のような二つの読みになりました。

※ 歌が素晴らしく、天にものぼる気持ちから現実への場面転換

※ 神戸の地震の回想と天国、そして現実への場面転換

どちらが正解ということではありません。
子ども達は、長崎に行った時、集平さんに訊いてみると言っています。
そのことを集平さんに伝えたら、次のようなお返事をいただきました。

● 長谷川集平さんのお便り

『あしたは月よう日』の子どもたちの反応を知って、いろいろ考えています。

実はこの絵本の編集者に同じことを言われました。彼女はスポーツ番組で泣いたことはあるけれど、音楽番組で泣いたことはないと言いました。まして、その後の飛躍をまったく理解しませんでした。マラソン中継に描き直せと言われました。 ぼくは百万の言葉を使ってそれに抵抗しました。

ここは絶対に歌でなければいけない、と。 多くの子どもたちは、そして大人たちも、芸術を趣味や人生の調味料のようにしか考えていません。われわれの日常を超えたもっと素敵な、もしかしたら真実はそちらの方にあるかもしれない、芸術にしか表せない領域があります。スポーツにも表せない、その領域を示すために命を惜しまない人たちがいます。渡さんも、ぼくの叔父の映画監督・浦山桐郎もそうだったと思います。

ぼくもそうありたいと思っています。なぜなら、これこそ、やがてこの世を去るぼくらの最良の置き土産なのですから。 

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さて、それを子どもにどう説明するかですね。芸術に自分の価値観をひっくり返された経験を持たない子どもや大人には理解しにくいでしょう。若いカザルスが師事した音楽家はカザルスを美術館に連れて行って古今の名作を観せ、コンサートに連れて行って一流の音楽を聴かせたそうです。バッハの「マタイ受難曲」を生演奏で聴いたカザルスは、一体これは何なんだ! と衝撃を受けて寝込んでしまったそうです。一週間だったか一ヶ月だったか……ベッドから起き上がった彼は別人のようにチェロを弾き始めます。

本物の芸術家を育てるのは本物の芸術です。そのような機会が、今はあまりに少ないと思います。 子どもに聞かれた時のために準備しておくことにします。

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 天使の歌からラーメンへのギャップが難しい……簡単に言えば目が覚める、現実に戻るわけです。これは常にわれわれに必要なことで、あっちの世界に行ったまま帰ってこられなくなると生活できなくなってしまいます。震災で失われたのは、あっちの世界ではなく、こっちの世界です。それを表現するためにもラーメンのシーンで終わる必要がありました

ついでに書きますと、最後のラーメンのシーンは編集者に言われて描きなおしました。

ぼくは(うちがそうだったものですから)4人でラーメン一杯ずつ食べている絵を描いたのです。そしたら編集者に、これは現実味がない、おかずを描いてくださいと言われました。先の歌のシーンを通すために、細かいところは妥協しました。でも、ラーメン一杯だけが夕食の人たちがいっぱいいることも知っておいてほしかった。

 震災の一ヶ月後の神戸を見て回って、報道されない惨状と貧富の差にぼくは気分が悪くなり、小さい時から知っている街ですからね、早々に立ち去りました。電車に乗る直前に神戸駅の近くの休業中のラーメン屋を外から覗きました。壁に深いヒビが何本もあって、ここで前日ラーメンを食べていた人たちを思うと胸が苦しくなりました。その壊れたラーメン屋の記憶からこの絵本が生まれたのです。

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3.11のあと、長い間何も書けなくて、(『あしたは月よう日』を描いたじゃないかという言い訳を押し切って)1年半後に降ってきた物語を書き留めた絵本『およぐひと』はぼくの雨月物語だと思っています。この世を描くだけでは表現しきれないものがあると思います。

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ぼくは長谷川さんのお便りを読み、このことを伝えないことにしました。
作者の心を長崎で直接聴いた方がいい。
これは、想像力の問題です・・・。
自分に問いを持つとはどういうことかという問題です。

 







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